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ベルセルク映画第一弾の海外サイトレビュー 2


ベルセルク 36 (ジェッツコミックス)ベルセルク 36 (ジェッツコミックス)
(2011/09/23)
三浦 建太郎

商品詳細を見る


アニメ映画化された「ベルセルク」
その海外での反応ということで


ベルセルク映画第一弾の海外サイトレビュー 1
の続きです。
ということで、どうぞ


↓↓↓↓↓↓

 この映画では見ている人に対してベルセルクの世界について紹介する時間を浪費しない。しかし、冒頭の陰惨な戦いの最中で、このシリーズの強力な主役としてガッツは確立される。そのとき、一連のアクションの中で別の主役であるグリフィスは導入される。大小のアクションシーンに満たされたこの映画のうちの多くは戦いに命を捧げてきた主役たちの異なる個性を肉付けするのに役立つ。実際、全映画の最も大きな陰の原動力のうちの一つは、キャスカ(ホーク傭兵団のグリフィスの隊でのただ一人の女性)との関係と同様に、ガッツとグリフィスとの関係である。これら3人の関係は微妙で尊敬として扱われている。特にガッツとグリフィスの間はダイナミックであり、それは競争と友情とロマンスの間を魅惑的に揺れ動く。
 この映画は両者の欲望や野望を中心として展開し、各々の運命がどこにあるのか、彼らの決定を分析し考慮する余地を視聴者に与える。運命の概念はこのシリーズの全体にわたる主要なものであり、この映画を通して両キャラクターの行動は高圧的な予兆ではないのと同様に、荒っぽい強烈さはない。そのことは物語にスケールの大きさや壮大感を与える。
 一方、ベルセルクの3巻の内容に精通している視聴者は、映画の中の物語よりも先行しているので、おそらくガッツとグリフィスの行動の関係をより深く理解するだろうし、初めて見る人にとっても理解することが不可能であることを意味しない。
 キャスカはこの映画で主要な登場人物であり、自分の強さを示す一方、両方の主役に対する複雑な感情を持っていることによって、幸運にも使い捨ての女性キャラとして扱われることを避けている。全体としてこの映画は強く意図されたキャラクターの相互作用と一連の戦闘が混ざり合い、非常に良いペースである。刺激的な重要なことをあなたが知る前にエンディングを迎えるので、視聴者は次に何が起こるのか空腹にさせられる。


 しかしながら、これらの多くの明白なことにもかかわらず、ベルセルクの映像表現の仕事は全体として非常に丁重である。とりわけ、多くの鎧を身にまとった兵士と大規模な戦闘シーンを描くためにスタジオ4°は全体にわたって3DCGアニメーションを使用することを選んだ。もちろん、このアプローチはベルセルクのマンガで素晴らしいと品質のこれらの大規模戦闘を俯瞰から描くことに利点がある。一方、ワイルドカメラとトリックは法外な予算が投じられたアクション映画のものに似ており、おそらくこのサイズの作品にとっては高くついているはずである。しかしながら、このスタイルでの実行は時々神経にさわり、気を散らす。 おそらく日本のリミテッドアニメーション・スタイルにより近くするためには、3Dアニメーションの割合をしばしば著しく引き下げることである。CGの多くは単にキャラクターを誇張して不自然に見せかける効果があり、他ではキャラクターの動きが機械的に、またははっきりとしたモーションキャプチャーに見えるかもしれません。ところどころ均質でないモデリングは結果的にゲームのプレイステーション2のように見える映画的なものか、デモ映像のようなアクションシーンになる。


これらの問題は結果として、私たちが主としてこのように描かれたのを見る限り、見る人がキャラクターへの重大な感情移入をするのに信じられないほどに困難になる。おそらくこのことを理解し様々な場面で従来の2Dアニメーションに3Dモデルを合わせるという懸命な決定がなされた。特にクローズアップするときのキャラクターの顔に用いられた。
 多くのゆっくりとしたシーンではこの技術が使われたが従来の2D アニメーションとほとんど判別が不可能で、それらは他のシーンよりもはるかに自然に見せている。
 この感謝すべきことは素晴らしいキャラクタードラマへ視聴者を引っ張っていき、十分な時間キャラクターをクローズアップすることが出来、キャラクターに感情移入することを容易にしている。しかしながら、これらの効果から離れ、絶え間なく気を散らす3Dは視聴者に大々的に映画の質を落としている。

 
 これらの視覚的な欠点を超えて、ベルセルクは非常に強い声で演じることを特徴としており、主演の3人は申し分なく、あなたを物語に引きこむ素晴らしい信じられないほどのパフォーマンスを行っている。サウンドトラックもよく、鷺巣詩郎(エヴァンゲリオンシリーズやブリーチシリーズ)によって作曲された映画音楽はよく合っており、ロンドンスタジオオーケストラによってファンタジー物語に沿って演奏されている。一方、平沢進(TV版ベルセルク、パプリカ)によるテーマソングはサウンドトラックの特性とモチーフをとり、主題を強め、平沢作品に精通している人なら誰でも直ちに認識ができる。



 これだけをとって、このフィルムに関する決定的な結論に達するのは簡単ではない。スタジオ4°はしばしば実験的でリスクを犯す創造的な環境と考えられてきたが、リスクを犯すことが必ずしも成果を上げるとは限らない。スタジオの3D作戦が著しいネガティブな効果を優れた作品に与えるケースが確かにここにある。これらのねじれのいくつかは映画シリーズの残りがリリースされるまでに運が良ければ修正されるかもしれないが、ベルセルク黄金時代編Ⅰ「覇王の卵」はその見事な特徴にも関わらず、注意すべき映画である。




↑↑↑↑↑↑↑↑↑




なおこの作品の総合的な評価は


全体:B+
物語:A
アニメーション:C
芸術:B+
音楽:A

となっています。


 私は日本のアニメ雑誌等を見ないので、こういったサイトで詳しい情報を得ることが増えてる気がしますね。このベルセルクが顔などのクローズアップするシーンで3Dと2Dを組み合わせてCG臭さを消す技術を取っていることはMAGネットという番組を見るまで知らなかったですからね。
 それにしても、アニメに限らず日本のCGモノは、「いかにもCGを使っています」というCGの使い方をしているんでしょうか?
 ホントにやめて欲しいですね。
(´・ω・`)


 それと文中にリミテッド・アニメーションという言葉がありましたが、簡単に言えば、ハリウッドで作られているような細かくキャラクターが動くフルCGアニメの反対だと考えてくれればいいと思います。日本のアニメは海外アニメに比べて制作予算が低かったために、少ないセル画でダイナミックな動きやキャラクターの内面を描写しようとして作られた日本独自の演出方法です。カーズやトイストーリーみたいじゃないアニメくらいに思っていてもいいかもしれません。定義が微妙だったり、言葉の使い方が厳密な意味じゃなかったりする印象があるので、興味があったらGoogle先生に聞いてください。


 なお、日本がこの少ない予算でアニメーションを作っていたために、アニメ会社は企画を日本へ丸投げすることが多くなり、その結果、アメリカ国内でアニメは斜陽産業になったという経緯があります。もちろん日本がアニメ大国になったのは、日本の少年マンガだったり、アメリカ国内での規制によるアメコミの失墜だったり、絵がそこそこ上手い人がアメリカに比べてはるかに多かったり、日本は古来よりデフォルメと擬人化の文化があったり、いろいろな要素が絡んでいると言われますが、私は知りません。
だって、そのとき私は生きてなかったから~
(´・ω・`)
 
ということで、んじゃね~
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